14/06/02
『まずはあなたから』
先日、樋口一葉ゆかりの地を巡るツアーを行なった。
私は企画側だったので、本郷や三ノ輪のあたりに何度も足を運んだ。巡っていると不思議なもので、一葉がついこの間までそこに暮らしていていたかのような錯覚に陥る。
一葉の文章は古めかしくて読みづらいが、慣れてくるととても生々しく臨場感に溢れていることに気づく。ゆかりの地を巡ってみると、理由がなんとなく分かった。一葉の非常に身近なところに具体的なモデルが存在しているのだ。
にごりえに出てくる銘酒屋(料理屋と見せかけ、2階では春を売る処)は自宅前の鈴木亭がモデルだし、また近所には源七一家のような夫婦が住んでいたという。結城朝之助は出会った頃の半井桃水をイメージ、蒟蒻閻魔もお寺のお山も自宅から徒歩圏内にあった。
一葉の生涯の大半を過ごした本郷周辺は、多くの学者や文化人が住む西片町のすぐ下に新開地があり、労働者が大勢働いており様々な環境の人間がいたようだ。社会的な地位の高い人から低い人まで、ありとあらゆる階級の人間を観察できる。とは言え・・・、
こんなになんでも具体的にネタにしていいのか。全部近所にあるじゃないか。驚きつつも、そんな貪欲な一葉の作家としての姿勢に惹かれてしまう。元々はお金持ちのお嬢様が、よく銘酒屋の話なんか書けたなあと思っていたのだが、家の目の前が銘酒屋だったのならこれはもう格好の素材だったのだろうな。一葉自身ドラマティックな人生を生きているのは事実だが、さらに周りを注意深く観察し、作品の肥やしにしている。私も芝居作りの時には散々使わせてもらっているが、まだまだ周りには、自分が目を向けていないだけで興味深い人や事件、ものが沢山転がっているのかもしれない。一葉のように貪欲に!
一葉の思い人である半井桃水宅から、一葉が泣きながら帰ったと言われる坂を下りながら、創作者としての姿勢を改めて教えてもらった気がした。さあ、どの人からネタにするか?
三井穂高
※写真:樋口一葉のゆかりの地を巡るツアーより