12/07/11

女殺油地獄(ルーマニア)

番外編日誌 日本人の活躍(6月6日-5)

シビウ国際演劇祭は、
大規模な国際演劇フェスティバルの中で、
日本人とのかかわりが深いことでも特徴がある。
ボクが訪れることになったきっかけは、
演劇評論家・七字英輔さんの
「安田くん、面白いフェスティバルがあるよ」
という言葉からだった。
七字さんはこのフェスティバルの草創期から、
もう十何年と通い、日本の劇団を紹介し続けている。

2007年には新宿梁山泊が来ていた。
翌年には平成中村座が「夏祭浪花鑑」を持ってきた。
そして2009年に山の手事情社が
「タイタス・アンドロニカス」を上演できた。
これらは七字さんの紹介である。
ほかにもここ数年で言うと、
地点、MODE、青年団、鳥の劇場などが来ている。

シビウ市バレエ団には日本人ダンサーが
相当数所属しているし、
国立ラドゥ・スタンカ劇場にも、
古木知彦さんが俳優として所属している。
「女殺油地獄」に出演予定だ。

目立つのは日本人ボランティアの活躍で、
今年は19名来たと聞いた。
会場の受付、客席の案内、ポスター貼り
などをしている彼らをつどつど見かけたし、
会場移動中、終演後のフェスティバルクラブでも
「どうも」とか「あの芝居どうでした?」
気軽に話しかけてくれる。楽しそうだ。

今年、日本のカンパニーは4つ。
3つは見ることができた。
5月26日に友惠しずねの「寒山」。
存じ上げなかったが、土方巽に師事した舞踏。
1時間ほどの小品だったが、
人間の表情がこんなにも豊かに変わるものか、
と感心した。別人、いや人でさえなくなる。
知り合いのルーマニア人演劇評論家は、
「すばらしいものを見せてもらった」
と翌日ホテルの朝食でボクにつぶやいた。

鈴木ユキオの「エチュード」は翌27日。
去年からの連続参加。
雨続きのフェスティバルの中、
ピアツァ・ミカという石畳の野外広場で、
奇跡的に晴れた。
音と照明のシンクロするデジタルな空間の中、
ダンサーたちはそれらとは溶け合わない。
都会的な痛みを伴った残酷な動きを繰り広げる。
なまのサックス音が広場周りの建物に反射し、
美しさにため息が出た。

29日には錬肉工房の「女中たち」。
ジャン・ジュネ原作の比較的長いテキストを
2時間、ほぼしゃべりっぱなしにしゃべる。
本来3人の芝居を5人の女性でやる。
ハイテンションな状態で、
客席のさまざまな方向にセリフをぶつけていく。
身体はゆっくりと動かされ、
5人はいろいろな形になる。
最後にこれは「白波五人男」を意識したのかな。
その女性版では? と感じた。

(つづく)

写真は上から
「寒山」
「エチュード」
「女中たち」

本稿の舞台写真はシビウ国際演劇祭から提供を受けたものです。
他の写真は山の手事情社が撮ったものを使っています。

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山の手事情社次回公演!
「トロイラスとクレシダ」原作/W・シェイクスピア
2012年10月24日(水)-28日(日)
東京芸術劇場 シアターウエスト
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12/07/11

女殺油地獄(ルーマニア)

番外編日誌 「わが青春最後の日」(6月6日-4)

フェスティバル最終日、メイン会場の
国立ラドゥ・スタンカ劇場を飾ったのが、
「わが青春最後の日」だった。
製作は国立ラドゥ・スタンカ劇場。
知り合いの俳優たちががんばっている。

今回一人でフェスティバルに来たのには
理由がある。
6月と7月をかけ、
ここラドゥ・スタンカ劇場の俳優たちと、
新作を作るのだ。
(それで稽古場日誌に書いていたりする)
劇団としては4年連続参加の手もあった。
出たいと申し出れば、歓迎してくれただろう。
ただ、いつも公演が終わるとへとへとで、
新作にとりかかれるような自信はなく、
やむなく今年は参加しないことにした。
ラドゥ・スタンカ劇場で製作するのは、
近松門左衛門の「女殺油地獄」。
おんなころしあぶらのじごく、と読む。
ここに至るまでの経緯は以前書いたので
ご興味のある方はぜひこちらを。

「わが青春最後の日」。
この作品は、昨年のこの時期、
ちょうどこれからボクが過ごす時期に、
ロシア人演出家ユーリ・コルドンスキーが、
まったく同じように
ラドゥ・スタンカ劇場の俳優たちと作った作品だ。
見ておかないわけにはいかない。
2時間15分。特別に傾斜をつけた客席は満員。

舞台中央に小川を模して水が溜まっている。
両側は白樺の林のイメージ、白い棒が林立している。
観客が見下ろさないと小川が見えないため、
特別な客席を組んだようだ。
話は他愛ない。
結婚まで誓い合った恋人がいたものの、
周囲の反対でうまく行かず、心中を試みるものの
うまく行かない。
それだけの話だが、実にていねいにやさしく、
美しい舞台に仕上がっている。
伝わってくるのは物語ではない、
ほろ苦く甘い、人生のその瞬間にしか味わえない
ポエジーだ。
リアリズムの巨匠レフ・ドージンのもとで
ユーリ・コルドンスキーは学んだ。
なるほどと思わせる手際だ。
世界は広い、演劇の才能も底が知れない。

(つづく)

本稿の舞台写真はシビウ国際演劇祭から提供を受けたものです。
他の写真は山の手事情社が撮ったものを使っています。

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山の手事情社次回公演!
「トロイラスとクレシダ」原作/W・シェイクスピア
2012年10月24日(水)-28日(日)
東京芸術劇場 シアターウエスト
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12/07/11

女殺油地獄(ルーマニア)

番外編日誌 「シオランの誘惑」(6月6日-3)

エミール・シオランという哲学者がいた、そうだ。
知らなかった。
ルーマニアで生まれ、パリで活躍した。
アフォリズムの名手。詳しくはネットで。

実は彼、シビウ近郊の出身で、
彼の生涯と思想を演劇化した作品である。
ルーマニア語がわかればもっと楽しめたろう。
しかし、わからなくても十分にわくわくした。

劇場前で専用バスに乗ると
森の中に連れて行かれる。
すでに俳優たちは待機していて、
ボクの好きな俳優でシオランを演じる
マリウス・トゥルディアヌの周りで
ブランコに乗ったり、木や金属を叩いたりして、
シオランの幼少時代をイメージさせてくれる。
やがて彼は首都ブカレストに出るのだが、
観客はシオランとともに
(実際には俳優たちにうながされて)
トラムに乗りこむ。
手を振って別れを惜しむ森の人々(俳優たち)。
次の駅で止まると
おそらくは彼を襲う苦悩や事件が描かれ、
(さきほど別れた俳優たちが先回りしている)
終点で降りると、彼の思想らしきものが
人々の苦しむ様子とともに理解される。
(と勝手に把握した)

再びトラムに乗り、引きかえしつつ、
シオランが「不幸」たちと会話をする。
得意のアフォリズムが生まれる(ように見えた)。
最後に我々をおろしたトラムは、
死んだシオランを乗せ、遠くに去っていく。
手を振るシオラン、観客も思わず手を振る。
知らない人だったが興味を持った。
本の一つも読もうと思わせる。
観客はトラムに乗る席数でせいぜい30人。
採算は取れないと思うが、
フェスティバルの呼び物の一つだ。
人気があってなかなかチケットが取れない。
こういう演劇が見られるぜいたくを
残念ながら日本人は知らない。
実はこのトラム、
今は廃線だがフェスティバルの時には走る。
ばかにしちゃいけない。
何と、ヨーロッパ大陸初のトラムだったそうで、
公演での復活を街の人は喜んでいる。

帰りのバスがしばしトラムと並走し追いこした。
シオランはまだ出発地を見つめながら
トラムの最後尾にしがみついていた。

(つづく)

本稿の舞台写真はシビウ国際演劇祭から提供を受けたものです。
他の写真は山の手事情社が撮ったものを使っています。

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山の手事情社次回公演!
「トロイラスとクレシダ」原作/W・シェイクスピア
2012年10月24日(水)-28日(日)
東京芸術劇場 シアターウエスト
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