13/07/25

道成寺/モルドヴァ・ルーマニア

「道成寺」シビウ報告2 /安田雅弘(7月25日UP)

6月14日(金)。
3時間ほど寝て、ホテルで朝食をとっていると、評論家の扇田昭彦氏が「昨日の『女殺油地獄』ね、面白かったですよ」とほめてくださる。ありがとうございます。素直にうれしいが、自分では、まずいデキだったと思っていたので、複雑な気持ちもある。
鐘は2段あるうちの1段目を切り離して軽いほうだけを釣ろう、という話を本さんにしようと思ったら、もう教会に向かっているという。10:00にバスで追いかける。
話をききつけた評論家の野田学氏が出発前にロビーで、「安田さん、危ないなら、鐘釣らなくてもいいんじゃない? こないだ東京で見たとき、鐘なかったけど面白かったよ」と励ましてくださる。これも複雑な気持ちになりつつ、友誼のあたたかさが率直にうれしい。
教会で鐘についての方針を伝え、鐘の作り替え、客席づくり、オペ室の設置などが並行して進む。
照明は暗転が十分でないなか、シュート作業が続行。そんな折、配電盤が煙を吹き、突然停電。
どうした?
どうやら現地スタッフがしなくてもいい、配電のしなおしをした。またやってくれたね。専門家を呼んで修理を頼む。3時間は電源が使えないという。
……。…。
無理だ。これでは定時開演は無理。と、フェスティバル側に伝える。向こうは慌てているが、何を今更。みんなキミらのせいじゃないか。
18:00くらいからようやく復帰した照明づくりと並行して通し稽古。すでに日本の公開稽古で観客の目にさらされ、キシノウで本番をこなしているせいか、俳優は思いのほか落ちついている。
かなり工夫して客席に段差をつけたつもりだが、それでも床近くで演じるシーンは見づらいことがわかり、高いところから舞台を撮り、プロジェクターで映写することにする。必要ならば、と東京で想定していたアイデア。あくまでも見えにくいシーンの補助なので、俳優をアップにしないようカメラマンと打合せ。
20:00には俳優がメイクに入って、21:30客入れにこぎつける。実質1時間の遅延。ふもとでは待ちかねた観客が溢れています、と報告が入る。申しわけない。かといって、慌てていい加減な作品を見せるわけにもいかないでしょ。
「聞いたか坊主」たちを、山道の途中で観客を出迎えるよう変更。せっかくだから山道を生かそうと、シビウに来てから稽古したシーンだ。時間をかけて稽古しておいてよかった。現場では時間が取れず、ぶっつけ本番。
「聞いたか、聞いたか」「聞いたぞ、聞いたぞ」と呼び合いながら、観客とともに「聞いたか坊主」たちが山道を登ってくる。あとで聞いたら、観客は意味もわからず「キイタカ」「キイタゾ」と口真似していたらしい。

終盤、大久保美智子演じる「久子」は、教会正面の、つまり舞台奥の扉を開け、外から登場する。
そして芝居の最後、「清姫」の山口笑美が退場して、扉は閉じる。
演劇は異世界との交流だとボクは考えているが、異世界を象徴する巨大な闇の世界に「清姫」が消えていく。
山の上の教会だとこんなことができる。
悪いアイデアではないと思っていたが、日が暮れると山の気温は下がる。開演が遅れたせいもあって、開いた扉からひゅるると冷たい風が、座布団に座っていたお客さんに吹きつけた。
どこまでも油断できない。計算が狂う。
それでも観客は舞台に集中してくれている。
最後は150人ほどの満員のお客さんが、一斉にスタンディング・オベーション。
ここでまた問題発生!
観客が立つと、俳優が見えなくなる。舞台と座布団席は同じ高さなのだ。
あちゃー。
喜んでくれたお客さんが舞台を隠して、俳優が見えない。「道成寺」は初演の時から、他の芝居と違ってカーテンコールを一シーンとして作り込んでいる。出てきて礼をするだけなら、見えなくても仕方ないが、このカーテンコールは、前のお客さんに立たれてしまうと、何をやっているか後ろの観客にはほとんど見えなくなってしまう。音楽はがんがん流れているにもかかわらず、だ。翌日は「恐れ入りますが、立たないでください」という字幕を入れることにした。

終演後、隣で見ていた制作担当のイオアナがプロポーズでもされたように抱きついてきた。
「凄い、本当にすばらしい芝居ですね」
ウチの担当ではないが、開演時間が遅れたのを心配して見に来てくれていたのだ。
「女殺油地獄」の「お沢」役のダナさんも腕を上下しながら近づいてきて抱きつく。
ルーマニア語でまくしたてるので、ニュアンスしかわからないが、
「ナマの《四畳半》を見て、ヤスダさんがやりたかったことが以前よりはっきりしました」
というようなことを言ってくれている様子。
とにかく反応が明瞭で強烈だ。
以前のボクなら、何を大げさな、と引いてしまう部分もあったと思うが、こういう風土なんだよな。
また憎めなくなってしまう。

ブカレスト報告につづく。

※写真
上/配電盤が煙を吹き、突然停電したため暗い中での作業
中/教会正面の、つまり舞台奥の扉は異世界を象徴する巨大な闇の世界と通じる
下/一斉にスタンディング・オベーション

13/07/23

道成寺/モルドヴァ・ルーマニア

舞台に立つ前に…

言葉の通じない海外でのツアー中は日々の生活のちょっとしたささいな事でもスムーズにいかない。

ツアー最後の都市ルーマニアのブカレストでのちょっとしたこと。

山の手事情社版「道成寺」では最初と最後に生卵を使う。
芝居の中では地味だけど重要な意味を持っている。
そのために口の中に入れてもすぐには割れない強い黄身でないといけない。

そこでそれぞれの都市に着く度、いろいろな種類の卵を購入して〈卵実験〉を行う。
黄身を口に入れて激しく動いてみて割れない強い黄身の卵を選ぶ。

ある夜、〈卵実験〉をすることになった。
卵チームの淳子さん、美智子さん、麻里絵と私で宿泊しているホテルのフロントに行き、
「ホテルの近くに新鮮な卵がたくさん売っているスーパーはある?」
と聞いた。
なぜか、
「いろいろな動物の新鮮な卵があるスーパー」
と伝わっていたりでなかなかスムーズに通じない。

苦戦の末なんとか通じ、スーパーの場所を教えてもらう。
もしかしたらまだやっているかも、との事だったので、みんなでスーパーを探しに夜のブカレストの街へくり出す。

少し歩くとスーパー発見! 閉店間際でまだ開いていた。
わーい!
そして卵も何種類かある。わーい!!

喜び卵を選んでいると、その中に同じ種類のようだがパックの色が微妙に違うものがあった。
「これは中身は一緒なのかなぁ??? 」
少々考えこむ…

「うーむわからん! 店員に聞こう! 」
と、店員に色が微妙に違う卵パックを持っていき
「これは中身は同じ? 」
と片言の英語で聞くが英語が全く通じない。

じゃあジェスチャーだ!

しかし「中身は同じなの? 」というジェスチャーはなかなか難しくこれも通じない。

店員も卵パックを持って必死に何かを訴えている奇妙な日本人に対し、何を言わんとしているのか一生懸命考えてくれ、
レジから小銭をいくらか出しそれを並べ
「このパックはいくら、こちらのパックはいくら、で値段は同じよ」
的な事を言っている。

…それは分かっている。
「で中身は同じなの? 」
「??? (苦笑)」
あまりにも通じないので聞くのは諦めて、勘で買おうとした時、
「何かお困り? 僕に任せてよ」
と笑顔の軽いノリの男性が現れた。
先程の店員が英語が分かる店員を呼んでくれたらしい。
感謝です!

そして彼の周りには、私達が何を言わんとしているのか知りたい様子で他の店員も集まっていた。

またまた私達も必死に
「これはパックの色が違うようだけど、中身の種類は同じ? 」
と聞く。
こんな事聞いてくる人はいないのだろう、彼の表情が戸惑いの表情に。

でもこちらは真剣だ。
声も感情もジェスチャーも大きくなり、
「これはパックの色が違うようだけど、中身の種類は同じ? 」
再度聞くと、こちらの熱量に押されてしまったのか、
「あ、あぁ同じだよ。なぜパックが違うのか僕にも分からない」
と。

同じ卵と分かって大喜びの私達に店員達もやれやれとの様子。

そして何種類かの卵パックを購入して「ムルツメスク(ありがとう)」と店を出た。
閉店間際にお騒がせしました。
そして、ご親切にありがとうございました。
ラストステージはその卵を使いましたよ。


海外では他にもスムーズにいかないことはたくさんある。
でもこんなちょっとしたことに出くわすことで、普段見過ごしてしまっていることが見えたり、忘れていた(気づかない)感覚や感情を思い出す。

日本では卵を購入するくらいでこんなに苦労しないし、感情を動かさない。
日常が流れ作業になっていて、多くの感覚が死んでいる。
こんなに感覚を殺して亡霊のように日常を過ごしていて、いきなり舞台で複雑な感情や関係を見せることができるものか。
俳優としての作業は舞台の上だけではない。

手をぬくな私!!

山口笑美
※写真
上/スーパーにて、卵選び
下/衣装作業中の笑美さん (イヨネスコ劇場)

13/07/21

道成寺/モルドヴァ・ルーマニア

初めての景色

「道成寺」モルドヴァ・ルーマニア公演、入団してから何度目の公演だろう。
制作というポジションから、日本での公演日は受付でお客様のご来場をお待ちし、開演すればホッと一息。海外でも概ね同じ。だったはずが・・・

渡航前稽古場に行って扉を開けると、
「おっ来た来た! 福冨、よろしくな。」と安田さん。
「何のことですか?」と聞く間もなく説明を受ける。
おっと待って?! どうやらこれは本番中に何かをしなくてはいけないらしい。しかも舞台に出るではないか?! いくら照明が当たらないと言っても歩行もままならない私が良いのだろうか?! でも私しかいない。覚悟を決め、務めた。

今回は3つの会場で公演をした。やることは決まっていても、会場によって出る位置や進む位置が変わる。誰も指示してくれない。本編の邪魔にならないように、と自分で考えなくてはいけない。時間がない中でも確認は必須。

頭では分かっていたけど、海外公演のタイトなスケジュールを、身をもって感じた。

いつもなら客席で本番を見届けてきたけれど、今回はそういうことで、裏側で俳優さんと一緒に本番中を過ごすことになった。出番待ちの俳優さんの集中の仕方、早替え、その協力体制、観客から見える舞台だけでなく、舞台にいる人すべてが一体となって作品となることが分かった。これも分かっていたつもりだけど、集中の仕方が想像以上だった。今さらで恥ずかしいけれど、知ることができて良かったと思う。

受付して、着替えて、裏について、カーテンコールに登場して、着替えて、お見送りして、何ともバタバタしていたが、今までにない景色をたくさん見ることができて、貴重な公演となった。

福冨はつみ
※写真
上/舞台袖からの初めての風景
中/イヨネスコ劇場の客席から
下/スタッフルームにて (オデオン座)

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