14/06/28

にごりえ

『これが一生か…』

私は物をよく落とす。

携帯電話はいつだって傷だらけだし、ペンとか本とか包丁とかお箸とか、手に持った物はとりあえずこぼれ落ちて行く。握力は人並みのはずなのだが。

今日など、レシピを見ながら丹精込めて作った“万能しょう油ダレ” なるものを冷蔵庫に入れようとして、床にぶちまけた。当然タレはすべておじゃん、周りにあったじゅうたんも布団も本もタレまみれ。それを拭いたり洗濯したり、でもなかなか綺麗にならなくて、びっくりするぐらい時間と労力がかかって…。それはそれはあまりに情けなく、ものすごくみじめで、悔しくて悲しくて、本当にどうしようもない陰鬱な気分だった。私には、いつものことだったからだ。

これでも私は、こういった自分の不注意さ・だらしなさを心によくよく刻み込み、細心の注意を払って生きている、つもりなのに。

それなのに、このザマだ。ほんの少し、気をつければ、回避できた、はずなのに。それなのに、このザマだ。

果たして私は、一生このままなのだろうか。こうやって私は、モノばかりか、成功も幸せもなにもかも取りこぼしていくのだろうか…。

あまりに小さくくだらないことで、一葉にも劇団のみんなにも呆れられるかもしれないが、私が『にごりえ』に最初に共感したのは、この感覚であった。いつまでもどこにいてもつきまとう「自分」 に心底ウンザリしているのに、どうあがいてもこの「自分」から抜け出せない。私も、お力たちも、一葉も、そしてきっと、あなたも。

私はこの“自分にウンザリ” という感覚を手がかりに『にごりえ』 の世界を創造し始めている。
まだまだ小さくて浅くて陰影もない世界だ。これから、もっともっと自分にウンザリして、この感覚と闘ったり分析したりして、深みを増していかなくてはね。

苦しい作業が、必要です。
踏ん張らなくては。

名越未央

14/06/27

にごりえ

『劇団員安部みはると小栗永里子を紹介する』(劇団員紹介)

二人ともくせ者である。
この二人、同期生でありながら、どうにも仲がよくない。
そう感じるだけで本当は仲がいいのかもしれないし、やはり本当に仲が悪いのかもしれないが、
本当のことなどどうでもいい。
とにかくそう見える。
たぶん、性格が真逆なんだろう。

みはるは、チョーがつくほどせっかちなタイプでいつもイライラしながら怒っている。
本人には言えないが、例えばこちらから何かお願いするときでも、ついつい機嫌をうかがってしまう。
イライラ中に話すとこちらが地雷を踏んでしまうからだ。

一方永里子の方は、のんびり屋さん。やたらスローペースだ。
話し方も行動も考えてることも、とにかくピシッとしてないのだ。
ふにゃふにゃしている。
急ぎの大事なメールをしてもその日のうちに返ってきたことは一度もない。
そういうところは全然信用出来ないのだ。
もちろんこれも本人には言えない。

この二人はお互いイライラし合っているんだろうけど、そもそも水と油なんだから、いっそ前向きに漫才コンビのように互いに高め合った方がいいんじゃないかねえ。

しかし、この二人、スタッフワークとなると俄然変わる。
みはるは衣装、永里子は照明、劇団で何かあるときはそれぞれ中心人物として動く。
もちろんきびきびと動く。ふにゃふにゃしてない。
自分でプランを立てるときにはかなりこだわる。

僕は自分にない才能を持ってる人間を素直に凄いなあと思ってしまうたちだ。
だから信頼している。

そんな二人が、今回『にごりえ』ではがっつりと俳優として頑張る。
先輩劇団員たちの重荷からも自由になり、得意のスタッフ仕事ではなく俳優として、彼女らがどんなこだわりを見せてくれるか楽しみなのだ。

もちろん普段のくせ者ぶりを発揮してくれなければ困る。

山本芳郎

14/06/26

にごりえ

『いしはらいしこ』(俳優紹介)

石原石子。
山の手事情社のなかでも数少ない芸名保持者である。
石子というが、男である。
この劇団には、ツッコミ好きが揃っているのだが、芸名の由来を知るものはいない。
思えば、入団早々、主宰・安田に直談判し、芸名を名乗る許しを勝ち取った日を思いだす。
思えば、あのときの石子は頼もしかった。

そうこうしつつも、時は過ぎ。
『道成寺』 の再演で共演する。
わたくし斉木が若僧を演じ、蛇に化生した女から散々に逃げ、駆け込んだのが道成寺。
そこで修行をしている偉いお坊さんの役を石子が演じていた。
もともと初演では、浦さんがこの偉いお坊さんを演じていたのを、石子にバトンタッチ。
石子の優しいところが舞台上に出ていて、また違った味わいであったことを思い出す。

そして、久しぶりの若手公演である。
石子も若手のなかでは、年次は上で、有象無象の下のものたちに溢れている。
下のものをびしびしと鍛え、男らしいところを見せているのであろうか。
どうだろう。
先輩を先輩とも思わない後輩・鯉渕の傲慢な態度を厳しく指摘し、リーダーシップを発揮しているのだろうか。
・・・。

していない気がする。

しかし、樋口一葉が書いた『にごりえ』 のお話は、
布団屋を経営していた男が、娼婦にはまって、仕事もうまくいかず。
自分の子どもがその娼婦から高価な菓子を貰ったことで嫁と口論になり、妻子と別れる顛末となる。
最後には、その娼婦と無理心中を果たすというお話である。
ちょっとした諍いから、坂から転げ落ちるように転落していくのである。
石子には、夫婦間のちょっとした経験が詰まっている。
『にごりえ』 ではその才能が爆発するに違いない。
明治の香りが色濃く残る『にごりえ』 という作品が平成の世にどう立ち上がってくるのか、
演出・安田の手腕はもちろんだが、石原石子の渋い演技が楽しみである。

斉木和洋

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